2009年9月30日

!!!!!!!!!!!!!!!!!!



http://www.rockinjellybean.com/mummies/

Mummiesがハロウィーンに新宿ロフトでパーティーだなんて!!!!!!

東京!マジで羨ましいぜ!!
対バンも完璧すぎるセレクト。5,6,7,8sにギターウルフとは!!!

みんな仮装して両日とも行って来て〜。今年のハロウィン、世界中どこ探してもこのパーティーほどヤバいのは無いんじゃない?

King Khan and The Shrines


約1年ぶりのKhanちゃんは、やっぱり最高でした。Khanちゃんだけじゃなくて、The Shrinesもだけど、彼らのことを、’Entertainer’と呼ばずして、誰のことを、言うのか!

前回は、Dirty Water Clubの狭いステージでメンバーぎゅうぎゅうだったのだけれど、今回はCargo。お客さんも落ち着いた感じの、’King Khan and The Shrines 大好きです!’という人たちで溢れていた。入口で、顔なじみのvintage shopの人に会い、「よっ!」と、挨拶。やっぱり、来てたのね。前回居た、まさとぉくんも他の友達もいない今回。なつみちゃんと、気分を上げるために、ショットをし、お酒を飲んで酔っ払い、一番前のちょっと端にて参戦。 右を見たら、前にもいた、photographerの人(この人、好きなものじゃないと撮らないタチなんだと思う。そういうとこ、素敵だ!)始まる直前に、緊張?もしくは夕食に食べたブリトーがいけなかったのか、具合悪くなってしまい、1曲目をトイレにて楽しむ。でも、早く戻りたい一心で、ちょっと静かなところでぼーーっとしたあと、駆け足でなつみちゃんのいる場所に戻った。ら、もう、具合悪いのはどこかへ飛んで行ってしまった。
踊り狂って、騒ぎ狂っていたら、気がついたら、終わってた・・・・。
アンコールでは、Khanちゃん、ゴールドのマントをまとって登場。かっこよすぎる!!!
写真もバシャバシャ撮ったけど、もう、忙しかったから、出来は不確か・・・。

なんだかね、こんなにまでも、エネルギーが自分から出てくるんだなぁ、まだまだ頑張れるじゃんいろいろ。って思えたのよ。そしてね、やっぱり、仲間を大切にする気持ち、を忘れてはいけないと感じたのです。
もう、本当に、みんな、かっこよすぎて仕方なかった!
写真は、全部上がってから。。。

VAMP : A/W make-up編

もうすっかり秋も深まって、クローゼットの中身も模様替え。
新しく買ったプラムやカーキなど秋色のvintageスカーフ達、古いジャケットやカーディガンを引っ張り出し、メイクを少し新調してスピリットを上げていこうと計画中。

今年の秋はプレッピー/Ivy以前の超正統派クラシカルに気持ちが向いています。
例えばCoco ChanelやMargaret Mitchellのようなね。






なのでメイクも完全クラシカル。シャネルの超ド定番色の口紅Rouge Noirに、



ネイルは敢えてお揃いの18番にせず
Barry Mの115番Black Redで。



色身はシャネルとほぼ同じだけど、こっちの方が若干バーガンディ色に傾いてて可愛い。それに値段がシャネルより一桁も安いのに、長持ちな上にツヤがくすまないのがスゴイ!

それと今期のYSLのプラム色リップも凄く好み。Rouge Noirよりもワントーン明るめでツヤがあるんだけどクリーミー。



タカちゃんが買ったレッドも相当かわいかったけどね!
赤とかダークレッド、プラムはちょっと難しいと思われるかもしれないけど、金髪でやったら逆にトゥーマッチでおかしくなる色だから黒髪の日本人は絶対トライしてみるべき!

at a cafe



カフェ修行を始めて本格的にシフトに入るようになって約2週間。やるならやっぱり有名どころできちんと学ぼうと思ったので、たぶん殆どの人は知っているようなところで仕事をしている。ただ、どうしても不満なのが音楽だ。キッチンなのでほとんどフロアの音は聞こえてこないのだけれど、休憩に行く時や、フロアの方へ近づくときに耳に入るBGMがひどい。よくわからない日本人の歌物ハウスみたいのや、最近のヒット曲かと思われる曲が流れていて幻滅。お洒落カフェでボサノバとかそういうのばかりかかっているのも嫌だけれど、ここ日本では音楽に対する意識が本当に低いのだなと感じる。自分の店を出したいと思ったのもそこが一番大きい。別にインディーを聴いてるからセンスが良いとか格好いいとかこれっぽちも思わないけれど、でもこんなにお洒落にもインテリアにも食べ物にも意識が高い日本人なのに、音楽だけは本当に未熟だと感じているから、そこをなんとかしたい。それがあるから10歳くらい年下の子にいろいろだめ出しされても将来のためと思って頑張れる、そんな気がしている。なかなか遊びに出る時間はないけれど、今はそういう時期だと思っている。単なるお洒落カフェにはしたくないので、今から色々考えている。それが今は一番楽しい時間だ。

2009年9月29日

autumn '09

1か月ほど前にある人と話をしていたときに、こんなことを言われた。
「そういう格好してると、男の人見つけるのとかたいへんそうだよね。~~中略~~ 化粧とかちゃんとしたら?どこで、出会いがあるかわかんないんだし。仕事の行き帰りの電車・バスの中とか、仕事先に来る何らかの人とか、そこで出会いがあるもんでしょ?」って。

WHAT????
その日の私はというと、珍しく?!バイトに行くのにちゃんと化粧をしていて、普段着のワンピースを着ていた。そして、汗っかきなのと、急いでバイト先に向かったのとバタバタと朝の雑務をしていたら、汗でファンデーションなんて落ちてしまっていた。まさしく、Leave me alone!って言う気分を久しぶりに味わった後、、そそくさと話を途中にしてタバコを吸いに外へ出て行った。ほっといて。ってね。


私の場合は、出会いが欲しいから化粧をしているわけではないし、身なりを整えているわけではないし、洋服を選んでいるわけではない。あ、ちゃんと言ったら、男(恋人となりうる)に出会うために。だけではない、ってことね。
そりゃ、もちろん、見た目/雰囲気がその人を表して、それで人に興味を持つ。それで男女問わず人に出会うことはそれは、私も一緒だ。
自分が洋服を選ぶのも、化粧をするのもは、「それが着たいから、そういう化粧をしたいから。」が第一であって、「それを着ていて、そういう化粧をしていて他人にどうこう思われたいから」とかではない。
そう、ただ単純にそれらが好きだから。



と前置きが長くなったけれど、今、夢中なのはこれ。


本屋で働いている時のAudreyの格好もかわいいけれど、このコート。素敵。


ザ・化粧品の匂いがなく、Strawberryみたいなにほい。それでいて、真ん中のロゴ部分か可愛い!(口紅の色によって、そこの部分の色は、それぞれ!にくいね。)


只今御河童に近付いているので、こんな風に髪を内巻きにしたい!


そして、お稽古バックを手作りで!


タートルネック ブーム再び!Katharine Hepburnのこの写真集も素敵!


短い秋を楽しみたい今日この頃です。

2009年9月26日

Fred Astaire vs Clark Gable





Clark Gable、か…かわいい…。

Jackの回想記後半

こないだ書いたように同じ年の冬、俺は正式にBlack Lipの洗礼を受けた(といってもまだローディーとして)。
翌年の経験は、裸足で火の上をムリヤリ渡らされているような感じだった。会場入りの時間も守らず、高い機材は盗まれてすぐ壊された。
金も借りたら借りっぱなしで、悲痛な惨事ですら無視され笑い飛ばされて危ない橋だって何度も渡った。自由なんてモンは拘束され挫折にねじ曲げられた。

俺たちが得たものといえば、ちょっとしたショックでは動じなくなった事と弱そうな男を絞って、そいつらとお決まりのドタバタを演じられるようになったくらいのモンだった。でもその結果、見過ごしていたゆえの欠点や愚かさを上手く使えるようになっていったんだ。

俺たちはやがて因果的な悪循環からぬけだした。足かせがまだお互いにはめられてはいたが。

Atlantaに戻ると、俺たちは地元とNYCで予定されていたいくつかのショウの為にリハーサルを始めた。俺はすべての曲を何百回と聴いていたから、パートを覚えるのも簡単だった。
その頃俺、ギターはあってもアンプがなかったんだ。そしたら人生の座右の銘が”ショウは必ず続けなければ”であるCole Alexander(もう一人のギター)が俺にヤツの良い方のアンプをくれたんだ。代わりにアイツはスピーカーにヘッドを取り付けただけの予備の方を使ってたんだが、そのヘッドってのが特にケースの中に入ってるわけでもなかったから、回線やワイヤーがそのままむき出しだった。

これを改善するのに、Coleは空のビールケースをごみ箱から拾ってきてアンプらしきもののまわりにガムテープで固定してたんだけど、みんなからは俺らにビールのスポンサーがついてるのかと疑われていた。
客が熱狂的になると、ビールがステージにシャワーのように降ってくる事が多かったんだが、そうすると次の日にColeは必ずその”アンプらしきもの”の段ボール製ケースを取り替えなければならなかった。そんなゼリーみたいな外枠のShitで年末までヤツはアメリカ中をまわった。

俺の一番最初のショウは、アルファベット・ハウス(Atlantaにある仲間がシェアしてた家のひとつ)で開かれたJulie(今は彼、Jackの奥さんです)のバースデーパーティーだったんだけど記憶がまったくあいまいだ。俺らは曲を演奏しようと試みたが、だいたい上手くいかなかった気がする。
パーティーとバンドの区別なんて特になかったんだ。みんな俺たちの周りに群がってて、ギュウギュウで楽器を演奏するスペースすらなかった。
バースデーケーキは天井に引っ付いてて、グラスの割れる音が一晩中鳴り止まなかった。ミュージシャンとしての経験とは程遠いものがあったが、そうでなくても俺はすばらしい時を過ごした。
俺らはAtlantaでもう一つショウをし、「よっしゃ俺ら十分出来てるぜ、多分。」と誰かが言うと、本当にそのままこの見せ物ショウをツアーに移した。
しかし前回のツアーで使ったVanはもう完全にスクラップ状態で使い物にならない。途方に暮れているところ、地元の俺らの育ての親(といっても同い年)であるKristin Kleinが、彼女と友達のJaneでツアーに付いていってもいいのなら、とあいつのマジでボロいMini Vanを出してくれる事になった。

車は酷い汚れようだった。タイヤはツルツル、窓には亀裂があったし、中はゴミだらけだった。まあ、Black Lipsの成功の下にこういう状況は常につきものだ。

澄んだ冬の日、俺たちはツアーに向けて出発した。俺の運転するVanはツアーの地域が丁度被ってたCarbonasのVanの後ろを追いかけていた。
Atlantaの郊外をそろそろ通過する程度の距離で、Vanのバンパーがガタガタとミミズみたいに動き出したモンだから俺はすぐさまJoe Bradleyに報告し、まだ大丈夫かと判断した瞬間それが飛んで既にヒビの入ったフロンドガラスにブチ当たって来たんだ。みんな一斉にギャーーーーっつってマンガみたいに叫んだぜ。
俺は車をまっすぐ運転するよう必死だったが、実際曲がった鉄の棒以外何も見えなかった。
Joeがなんとかみんなをチルさせ、助手席の窓から顔を出しておれを次の出口まで誘導してくれたおかげで、寂れた修理屋までなんとか運転しそいつらに事情を託すことができた。
しばらくすると油だらけの男が出てきて保証はないけどヨ、と一応バンパーをネジで固定してくれたがショウまでの時間もなかったし、それで十分だった。

その夜のハイウェイは灰色のカキ氷みたいなモンにすっと覆われていた。
やっとマンハッタンに到着した頃、Kristinに運転を代わってもらったんだがQueensにあるAlberto(レアもの再発レーベルの権力者)のフラットに向かうのに、ヤツはWilliamsburg Bridgeを渡ろうと雪だらけの土手を駆け抜けたモンだから俺ら全員慌てふためいてKiristinに道案内をしたんだけど、みんながみんな違う方向を指示するから(アホ)、相当時間が掛かっちまった。
やっとAlbertoとSoniaの家に着くと、彼らは俺たちに食事と、食後のコーヒーに草まで用意してくれていた。
その日の午後はみんなそれぞれ休んだり、Albertoの7"コレクションをディグしたりして過ごし、夕方になるとその夜プレイするショウでどれだけくだらないパフォーマンスができるかなどを真剣に議論し、いくつかを本気で実行した。

翌日は、ニュージャージーのEast Orangeでラジオ出演。KristinとJaneはスタジオの観客席でサクラをするためそっちで待機してた。
この頃のBlack Lipsは今のファンが思うほどホットじゃなかったから、周りをガヤガヤさせておかないと演奏が下手なのだけが際立って酷くなるからっていう彼女たちの心優しい配慮だった。
ラジオのDJがキューを降ってくるのと同時に、セットを始めた俺らだったが、がんばってスタジオ内の感じを良くしようと思えば思うほどに酷くなっていった。
後で録音を聴いたら2曲程、当人ですら何をプレイしようとしてたのか見当もつかない曲があったぜ。俺ら一体何をしようとしてたんだろう。
しかし俺らがまるで原始人みたく喋れなくなってる中、JaredはキッチリPRの仕事をこなしてくれた。俺らのセットが終わると同時にラジオDJが放った感想は、「めちゃくちゃだな」の一言のみであった。めちゃくちゃな夜はこの時まだ始まったばかりだったがな。

ラジオ出演の後にAlbertoに電話すると、彼とソニアは全部聴いていてくれたらしく、最高だったと褒めちぎっていた。
彼らと待ち合わせて飲むためマンハッタンにあるバーに向かったが、Albertoの言葉がうれしくてハイになっていた俺らは途中のトンネルでVanのドアを開けて交通整理用のコーンを一つ残らず移動させたり、道中ずっと騒いで酔っぱらって笑い転げていた。
誰にも俺たちの陶酔をジャマすることはできないぜ。

最初に入ったバーではバンドが奥の方でプレイしていたが、俺らはなだれ込むようにバーに群がり、気にも留めていなかった。だけどなぜかそのバンドがJaredの気に障ったらしく、数分後ヤツはまっすぐバンドに突っ込んで行ってその中の一人をはじき飛ばしたんだ。
多分ヤツはこのバンドがヤツのアンプかなんかを盗んだって勘違いしてたんだな、セキュリティがこのモヤシっ子を駆除しようとやって来たが、Jaredはそいつに運ばれながらもジタバタ全力で歯向かっていた。

言うまでもなく、俺たちはこの険悪な現場からいち早く逃げ出さなければならなかった。俺が隣のブロックまでJaredを探しに行くとヤツは地下があるアパートメントの階段の下に隠れていやがった。俺は仲間に連絡し、またみんなで夜の街に消えて行った。

こういう夜はまた何かと起きるんだ。

次に入ったMarsバーでおれ、プラスチックだと思ってたパネル状の仕切りに面白いだろうと拳を突っ込んだんだけど、それがガラスだったモンだからバウンサーからパンチをお見舞いされると共に、拳に深い切れ込みが入ってしまった。友人たちはやがて真っ赤な雪が積もった中に埋まりかけていた俺を見つけ出してくれた。

楽しかった空気は一変して、この拳の状態で俺にギターが弾けるのかと、皆イライラしだしていた。
みんなでAlbertoの所へ戻って、破ったTシャツとガムテープで応急処置をした後、翌日の朝一番に病院へ行くよう強く進められた。夜にはまたショウがあったし、それまでに俺はなんとかしないといけなかったんだ。

翌朝Jaredが救急室まで一緒に来てくれるって言うから、ヤツと一緒に歩いて病院へ向かった。何ブロックか歩いたところで既に2時間分の列が出来ているの見え、やってらんねーってんで2人してなんとか上手いストーリーをでっちあげ、大人を騙して列をスキップする事に成功した。帰り道、おれらはバーに寄ってビールで祝杯をあげた。

その夜のショウは難なくプレイすることができた。
俺の包帯だらけの手は全く持って問題なく使えた。

地元アトランタを除いて、今までで一番人が沢山入ったショウだった。

Coleは黄金色のシャワー(注:オシッコのこと)で、新しいファンを歓迎した。

かなり気に入ってもらえたんじゃないかな。

Jack





これがその年の彼ら。若い!

BLブログからJackの回想記

これは元メンバーのJackが、まだメンバーになる前の記憶を書いたもの。


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よぉみんな、俺は元Black LipsチャンピオンのJackだ。Jaredがこないだ電話してきて、俺がバンドの正式なメンバーだった頃のとてつもなく下らない思い出を書いてくれないかっていうから思い出してみる。

俺が最初に奴らとツアーすることになった馴初めから始めるぜ。
その頃、おれはNYシティに住んでたんだ。そう、究極のオリジナルBlack Lipsチャンピオンであり言わずもがな、俺の仲間でもあったBen Eberbaughが悲劇的な衝突事故で急逝してしまった頃だ。
仲間の死に敬意を払うため、喪報を聞くなりすぐさまアトランタに帰ったんだが、そこで奴らが俺にツアーへ一緒に来ないかって訊くんだ。
答えは簡単だった。俺はNYCの仕事を辞め、Black Lipsと一緒に旅立った。
いくらなんたって無責任な決断だってことは最初からわかっていた。

ーーー

Benの葬儀はツアーが始まる日のたった3日前だった。
アトランタにいるBad Kidは全員顔を見せにやってきた。
まるで郊外のシーンにありがちな、パンクキッズが同級生の女の子の葬式をメチャクチャにするような、そんなかんじだった。
ただ、ここにはそれより3倍位も多くキッズがいたけど大人達には何も言われなかった。実際かなりグっとくるものがあった。

Black Lipsとして丁度Bomp!レーベルとサインしたばかりだっただけに、
Benが逝ってしまったのは本当に悔やまりきれなかった。
俺たち(Black Lipsを含めDunwoodyでつるんでたティーンエイジキッズ)はいつもBomp!のリリースやそれ周辺のモノに傾倒してたんだ。
だから丁度全てが上手く動き始めた頃にBenを失ってしまったという事実に、俺らの心は余計痛んだ。

悲しみの渦中だったが、Black LipsはBenだったらあれだけ大事にしていたバンドをどうするだろうと考えた結果、無理を承知で3ピースバンドとしてツアーをやり遂げる決心をする。
葬儀の3日後バンドはCarbonasと共にシカゴへ向かう予定だった。その前日の夜、俺らはDie Slaughterhausで大きなパーティーを開いた。
地元のダチはみんな俺らに会いに来た。いくつかビールのケースを空けたあと俺たちはツアーに出た。

その夜のドライブは、俺の数ある若い人生の経験の中でもかなり悲惨な部類に入るくらい酷かった。
Atlantaを出発したのが大体夜の11時頃で、運転を任されているJoe Bradley以外は全員完全に酔いつぶれていた。
シカゴを目指して運転したが、途中やっとNashvilleに到達する頃フリーウェイはカチカチに凍り付いていた。
俺らのVanは凍っている路上をするすると滑るだけだった。

俺たちは勇気を出すために、Hank Williamsを下品なキャンプファイヤー風な替え歌で歌おうという遊びを考案し、それに勤しんだ。
JaredはVanの窓からオシッコをして、それがすぐ凍ってVanの車体に模様となって張り付くのを眺めていた。

ノースケンタッキー州に入り、ロンドンという名の町でしばらく車を止めて休憩を取った。夜中2時頃だったと思う。
俺たちみんな(Black Lips、Carbonas、Bobby Eubangi、Kevin Lee、Allen Suh、Alix Brownと俺Jack)外に出て凍った駐車場に腰を下ろした。

その間、仲間うちの誰かがArby's(遅くまで空いてるファストフード店)の店員に俺らがバンドをやってることを話したらしいんだが、そしたら店員たちは相当驚いて(多分俺たちが有名だと勘違いしたんだろう)2枚の7インチと交換にArby'sのサンドイッチを20個俺らにくれたんだ。
このディールに俺たちは相当酔いしれ、全員暴食したあとまたVanに乗り込み目的地へドライブを始めた。

吹雪はまだまだ酷くVanの窓に吹き付け、積もっていった。
誰がCarbonasのVanを運転してたかは知らねーけど俺らのJoeはまさしくプロの仕事ぶりだった。

Hankの替え歌は続いていたが、段々それに替える下品な言葉に詰まってきた頃俺たちはJaredが甘いものを食べ過ぎたダウン症の子供みたいになっていることに気付いた。
いや、いつもよりも明確にな。。
ヤツはVanの中をよろめきながら怒鳴ったり悲鳴をあげたりして、それから歌を歌おうとしていたが、聞こえるのはヤツの舌が上あごにホチキスで止められたかのような呻き声だけだった。

Jaredの行儀の悪さは、そうでなくても同じ道の先をじっと見ながら運転しなくてはならないJoe Bradleyをイラつかせ、しまいに2人ケンカを始めた。

Joe「なにがどうしたって言うんだよJared!」

Jared「おめえわだだまたんふ×△■○?!!」

こんなやりとりが延々と続いた。
しばらく経って、俺ら全員Jaredに何があったのか考えるのもウザくなってきた頃、満場一致でジョイントを吸うことが決定。

ジョイントを吸ってしばらくすると、Jaredは少し普通に戻り、ヤツの頭をこれだけおかしくした要因を喋り出した。
どうやら、さっきの休憩でArby'sの若者たちがJaredを裏に呼び、
「ラインやるか?」と誘ってきたらしい。
Jaredはコモンセンスとして、もちろんこの若者達がCokeをオファーしてるのだと思ったそうだ。ヤツは自分が相当なミスをしていたことに気付いていなかった。
そう、あそこは小さなケンタッキーのトラック駐車場である。そしてあのド田舎に住むブサイクな若者達が吸っていたのはそう、シャブだった。

シカゴへ向かうこの先の道のりずっと、Jaredはチック症状を起こしたり、貧乏揺すりを高速でしたりしていた。
俺らは奇跡的にシカゴに到着し、新しかったり古かったりする現地の友人たちに歓迎された。Black LipsとCarbonasはいくつかのショウを現地のバンドとこなし、目的を達成した。

ツアーはその後も続いた。沢山のショウでプレイし、もっと沢山のドラッグを浪費した。次の何週間かで俺ら全員残らず酷い目にもあった。ジャングルでぬかるみにハマったり、火事にあったトラックの運転手を助けようと消化器をそいつに向けたら化学反応でへんな白いモンがむくむくそいつのまわりに出来ちゃったりと散々だった。

NYCではWowsvilleのアルバートがBlack Lipsのショウを初めて見てこういった。
「これが未来だ」


ツアーが終わり、アトランタに帰った頃俺は正式にBlack Lipsのメンバーに迎えられた。

冒険はつづく…

Jack